京都大学大学院農学研究科 応用生命科学専攻

生物調節化学研究室

植物に対する生理活性物質の化学

動物および昆虫のステロイドホルモンに関しては、非ステロイド型の化合物が、それぞれ医薬・農薬として実用されている。本研究では、植物ステロイドホルモンであるブラシノライド様の活性を示す化合物、特に化学構造が単純で合成の容易な非ステロイド化合物を合理的に見出すことを目的とする。ブラシノライドは、1).乾燥、寒冷などのストレス条件下でも植物の正常な機能を発揮させる、2).外敵に対する抵抗力を高める、3).果実を大きくするなどの作用を持っている。したがって、ブラシノライド様活性を示す非ステロイド型化合物を創生することができれば、それは、ブラシノライドの分子レベルにおける作用機構研究のツールになるだけでなく、農業への応用も期待できる。今回計画している研究は、in silicoスクリーニングという手法を用いて、ブラシノライド様活性物質を効率的に探索することを目的としている。このin silicoスクリーニングという手法は、最近、医薬品の開発では一般的なものになってきているが、それを植物成長調節物質の開発研究に応用しようとする初めての試みである。

 ホルモンとは、本来動物の特定の器官で合成・分泌され、体液(血液)を通して体内を循環し、別の決まった器官でその効果を発揮する生理活性物質のことである。ホルモンの標的器官には、ホルモン分子に特異的に結合する蛋白質であるホルモン受容体(ホルモンレセプター)が存在する。ホルモン受容体がホルモン分子と結合することが、その器官でホルモン作用が発揮される第一のステップとなる。ホルモンの中には、ステロイド構造を持つものがあり、それらは総称してステロイドホルモンと呼ばれ、哺乳動物ではグルココルチコイド、アンドロゲン、エストロゲンなどが、昆虫では20-ヒドロキシエクダイソンが知られている。 一方、ホルモンの定義には即さないが、内分泌器官系を持たない植物においてもいくつかのホルモンが生産され、低濃度で生理過程を調節している。その中で、ブラシノライドと呼ばれる化合物はステロイド化合物である。

1. 植物の免疫

 植物は、病原体から身を守るため、巧妙な防御システムを有しています。これは、哺乳動物などの持つ自然免疫システムと非常に似通ったものであることが最近分かってきました。
植物は、病原体由来の物質を感知することで病原体の侵入をいち早く察知し、防御のための行動を起こします。この防御の仕組みを人為的に活性化することで、植物が病気にかかるのを防ぐことができると考えられています。

2. 植物の免疫を活性化するペプチド

 植物のもつ防御反応は、病原体が植物に侵入するときに出す病原体由来の物質(エリシター)によって引き起こされます。これまでにいろいろな病原体からエリシターが発見されていますが、さらに多くの未知のエリシター、およびその認識システムの存在が予想されています。
私たちは、このような植物の持つ防御システムを活性化することのできる合成ペプチドを見いだすため、コンビナトリアルケミストリーの手法によるペプチドライブラリを作製し、培養細胞に対するスクリーニングを行っています。

 オーキシンは植物ホルモンの一種で、それには発芽、成長、開花、胚発生に関わる内生の情報因子としての働きや、重力や光に反応する環境応答因子としての働きがあります。このように様々な機能をもつオーキシンは植物体内で生合成、輸送、代謝などの機構で濃度調節されています。植物中に存在する主要なオーキシンとしてインドール-3-酢酸が知られていますが、私たちは特にその代謝物に注目して研究を行っています。
 実験では、質量分析装置を用いて代謝物の内生量を定量して、異なる植物種間での代謝の違いや同一植物の部位による内生量の違いを調べています。また、病害ストレスによるオーキシン代謝の変化についても研究し、それが植物保護に関する研究に繋がると考えています。

昆虫に対する生理活性様物質の化学

昆虫は、卵から幼虫期、さなぎを経て成虫へ成長し、雌は産卵して一生を終える。この昆虫のライフサイクルの中の幼虫期間においては、体の大きさが数千倍から一万倍にも達するものがいる。すなわち、幼虫期には大量の食糧を必要とし、農作物などに寄生し加害することになる。ところで、昆虫は強固で伸縮性に乏しい表皮を害骨格としているために、成長に伴って脱皮を繰り返さないと成長することができない。脱皮は、われわれ人間や哺乳類にはない、昆虫などの節足動物に特有の機構である。したがって、脱皮を阻害したり異常に促進したりする化合物は昆虫特異的で安全性の高い殺虫剤になり、いくつかの化合物は実用化されている。このような殺虫剤は、神経や呼吸系に作用するものとは区別され、昆虫成育制御剤(Insect growth regulator)と呼ばれ、キチン合成阻害剤、幼若ホルモン様物質、脱皮ホルモン様物質の3つに大別されている。
 昆虫の脱皮のメカニズムは分子レベルで明らかにされている。すなわち、脱皮ホルモン(20-Hydroxyecdysone)がその受容体タンパク質であるecdysone receptror(EcR)に結合しultraspiracle(USP)あるいはretinoid X receptor(RXR)とヘテロダイマーを形成してDNAの脱皮ホルモン応答配列(EcRE)に結合して、脱皮に関連するさまざまな遺伝子を活性化する。
 すべての昆虫において、脱皮ホルモンは20-hydroxyecdysone(20E)と呼ばれるステロイドホルモンであるが、EcRの一次配列は昆虫種間で異なっている。特にホルモン分子が結合する部位を含むE-domain(リガンド結合ドメイン)の一次配列は昆虫目間で顕著に異なる。20Eが昆虫に共通の脱皮ホルモンとして働き、その活性は昆虫種間でそれほど大きく変わらないが、脱皮ホルモンアゴニストのなかには昆虫種間(特に昆虫目間)で高い選択毒性を示すものがある。 これまでの研究から、この選択毒性発現の原因は受容体に対する結合親和性の違いによるものであることが分かってきた。さらに、リガンド結合ドメインの立体構造も鱗翅目昆虫オオタバコガと半翅目昆虫サツマイモコナジラミで明らかにされている。
 われわれは、脱皮ホルモンアゴニストの構造活性相関を、受容体との相互作用レベルで検討し、脱皮ホルモン受容体への結合親和性にとって重要な化学構造上の特徴を明らかにしようとしている。すでに明らかにされている脱皮ホルモンの受容体の立体構造を基に、ホモロジーモデリングの手法を用いて他の昆虫のホルモン受容体の立体構造を予測し、標的とする昆虫の脱皮ホルモン受容体に作用するアゴニスト(あるいはアンタゴニスト)を分子設計している。
 これまでのところ、殺虫剤として実用されている脱皮ホルモンアゴニストでtebufenozideに代表されるジベンゾイルヒドラジン類は鱗翅目に特異的で、ハエや蚊などの双翅目昆虫やコガネムシやコロラドハムシのような鞘翅目昆虫にはほとんど殺虫効果がない。蚊はマラリヤやデング熱を媒介する重要な衛生害虫であり、コロラドハムシは欧米ではジャガイモの大害虫で、これら害虫を標的とした脱皮ホルモンアゴニストの設計を行い、実際に化合物を合成し、活性の測定を行う。

1. サソリの毒液

サソリは、捕食者である哺乳動物から身を守るため、あるいは餌となる昆虫を捕獲するために「毒」という洗練された「武器」を使います。サソリの毒液は生理活性ペプチドの宝庫であり、その中には神経に作用するペプチド毒素が多く含まれています。
 神経毒素は相手の動きを素早く止めるという点で最も優れており、このような毒素を持つようになったと考えられます。サソリの毒素は、哺乳動物に対する毒性のイメージが強いようですが、昆虫に対してのみ選択的に低濃度で作用する毒素が多く存在するのも大きな特徴です。このような毒素は、それ自身、あるいはそれをもとにした安全な殺虫剤の開発に有用な情報をもたらします。

2. 日本に生息するサソリの毒液に含まれる殺虫性ペプチド毒の探索

 日本には先島諸島などにヤエヤマサソリ(Liocheles australasiae)とマダラサソリ(Isometrus maculatus)が生息しています。ヤエヤマサソリは体長3cm前後のサソリで、乾燥しているところよりも朽木などの湿った場所を好み、昆虫を主なエサとしています。
 ヤエヤマサソリの毒液は、人間に対する毒性は低いとされていますが、昆虫をエサとしていることから(動画参照)、昆虫に対して作用するペプチド毒素が含まれていると考えられています。
 マダラサソリは雌雄で体長が異なり、メスよりもオスのほうが大きなサソリです。ヤエヤマサソリとは異なり、このサソリは風通しの良い乾燥した場所を好みます。このサソリもヤエヤマサソリと同様に昆虫をエサとしていることから、昆虫に対して作用するペプチド毒素を含んでいると考えられます。
 私たちは、これらのサソリを生物材料として、その毒液中に含まれていると考えられる殺虫性ペプチドを見出すことを目的として、ペプチド毒素の単離・精製を行っています。サソリの毒液からのペプチド成分の精製は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を駆使して行い、エドマンシークエンサーや質量分析装置(MS)を用いて配列の解析や分子量の同定を行っています。さらに、同定した毒素を合成し、その構造と活性の関係も明らかにしようと試みています。